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LESS IS MORE

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人はいつでも未完成【成長するために必要なこと】

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なんでもプラスに考える

プラスに考えるといっても自分にとって良いことをプラスに考えるのではない。

そんなことはハッキリいって誰にだってできる。

自分に良くないこと、悪いことをプラスに

考えるのだ。

そんなこと無理だろ?って思うかもしれない。

でもよく考えてほしい。

悪いことっていうのはそんなに自分にとって

よくなかったことなのか。

考え方によってはこうも考えられる。

それがあったからその程度の被害で済んだということ。

それが無かったらもっとひどいことになっていたかもしれない。

大きな大変なことが起こっていたかもしれない。

大事に至らなかったのだ。

そこには感謝が必要だ。

『嫌なことがあって有り難い』

本来「ありがたい」とは「難が有って有り難い」

だから僕は嫌なことが起きたら、逆によかった。これがあったからこれ以上酷いことは今日は起こらないと考えたりしてる。

何でもプラスに考える方向に癖をつけていくと、なんでも有難いという感覚になってくる。

風邪なんかもその最たる例だ。

風邪をひくからこそ大病につながらないと考える。

現代生活において生きている限りは何かに汚染されずに生きていくことは困難だ。

生活するうえで不可欠な食事・空気・水・住まい、いずれも有害物質を避けて生きることは困難な時代になっており毒素を体内に溜めてしまう環境だ。

だがどうだろう。

ちょこちょこ風邪をひいて体の悪いものをその都度外に出していたら?

体内に溜め込むのを防いでくれているのではないか。

こう考えるようになると風邪を引く有り難みというのがわかってくるし、身に染みてくる。

風邪をひいて熱を出すことによって体に溜め込んだ老廃物や毒素がからだの外に出ていくという医学的な考え方もある。

そう、風邪というのは実はものすごく有難い存在なのだ。

そこに感謝というものが出てくると尚いい。

風邪を引いて本来は(つらいな)(風邪なんてこの世から無くなればいいのに)なんて思うところだが逆に風邪を引いて有り難いと思うようにする。

するとなんでもプラスに考えられる。

大事なのは自分が苦しい時にこれを考えられるかどうか。

自分にとって良い事とか嬉しい事にありがとうを言うのは簡単である。誰にだってできる。

自分にとって悪い事、不都合なことを有り難いって感じるようにしてほしい。

苦しいことを有り難いって考えることは想像するより難しい。

しかし、この苦しいことを楽しむということが出来るようになれば人生の裾野が広がる。

苦手や良くないことを楽しいって思えるようになれば人生どうにでもなる。

陰口、悪口を言う人

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僕の好きな言葉に陰口、悪口は暇人のやる事というのがある。

これ、本当に全国の共通認識になればいいのにと思っていて

(それじゃ悪口言う人がいなくからダメか)

陰口や悪口なんて言わせときゃいい。

暇人のやる事だ。

自分が上手くいってなくて、それを埋めるように人を咎めることにより自分の方があの人より優れている、自分の方がリア充感満載的な自己肯定感のために人を批判しているだけだ。

よく見てほしい。

プライベートも仕事も超充実してる人がわざわざ人の粗探しなんかするか?

そんな人は必死に自分の成長だけを見つめて努力して前しか見てない。

目標達成の為に今日1日のプロセスをどう成し遂げるかを徹底的に考えて行動しているだけだ。

もし、成功している人で文句ばっか言っている人は、最早頭打ちで下り坂に差し掛かっていると思えばいい。

その間に自分が努力して追い越すだけだ。

とにかく、陰口悪口言ってくるやつがいたら、この人は暇人なんだなと思って頂きたい。

それくらい、くだらなくて絶対に付き合ってはならない。

あなたの時間が無駄になるだけだ。

足は引っ張る人

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足を引っ張る人というのは絶えまなく存在する。

あなたの周りを見渡してみてほしい。必ずといっていいほどいるとおもう。

自分も嫌というほど経験してきた。

それは若い時から現在に至るまで。進行形だ。

なんでこんな人が自分より上なのか。

自分より明らかに能力が低いと思われるはずになぜ?主観ではなく客観で。しかし変わらない。

そう思ってずっと考えて生きてきた。

悩みでもあった。

でも上にいくに従ってわかってくる。

何故そういう人がいるのか。

それは、あなたがその足を引っ張る存在から何かを学ばなければならない為なんだ。

何かを学んでいないからいつまでも現状が

変わらないんだ。

自分は足を引っ張る人から何かを学ばなければ

ならない理由が。

それはとてもつらい。

身がえぐられる思いだ。

しかし、それを乗り越えるとわかる。

その人から何か一つでも学ぶと変わる

あんなに悩んでいたのに、いざ足を引っ張る存

在が自分を気にならなくなった時に

自分の足元に追いついてこなくなることを。

そう。

少し違った次元から見れるようになると本当にどうだっていいことだったんだときづくんだ。

これは気づいてみないとわからない。

ほんとにあっさりと変わる。

是非ともそういう足を引っ張る人から何かを学びとってもらいたい。

人は成長する未完成なものだ

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筆者もまた未完成人物。

これを書いていて自分がこの記事に勉強させられている。

未完成の人が集まってそこに未完成の社会が

有るから未完成交響楽団なんだ。

そして人生においてこれが完成することはない。

死ぬまでずっと学びなのだ。

人は成長し続けなければならない。

人はいつでも、いつまでも未完成。

だから人生は面白い。